[スポーツ人]JR北海道・神田幸輝投手
鉄人が鉄腕を育てる―。夏の都市対抗野球でJR北海道に全国初勝利をもたらし、ベスト4進出の原動力となった左腕・神田幸輝投手(35)は、横浜そごう、サンワード貿易、そしてJR北海道と、ノンプロ3チームを渡り歩いた苦労人だ。投球術のモットーは「考投」。小柄ながら打者の打ち気をそぐ投法は、若手の見本。来季も現役続行、投手コーチとの二足のわらじで伸び盛りの若手を育て、チームを引っ張っていく。
―4度目のベストナインおめでとうございます。
神田「JRでは初めて。サンワードで3回、横浜そごう時代はほとんど賞というものに縁はなかった。関東リーグの優秀投手賞くらいかな。でも1人ではここまでこられなかった。メンタル面だけではなく、技術的にも経験豊富な監督さんに調整方法を教えてもらったおかげです」
―今年は都市対抗で4強。4連投は見事でした。
「監督から5連投できるようつくっておけと言われました。自分の中でも結果が出るよう調整していた。今年前半は例年になく(ひざの)ケガで出遅れていたし(後輩の)清野とかが頑張っていたので気持ちは入っていましたね」
―それでも35歳のベテラン、疲れはあったと思う。
「バッター陣が声をかけてくれるんです。“オジさん頑張ってる? 頼みますよ!”と。あの言葉に勇気をもらいましたね」
―都市対抗で印象に残ったゲームは。
「トヨタ戦(準々決勝)の中盤、秋田君から見逃し三振を取った時。岡田(捕手)と呼吸が合った。三振を取った1球前の球がボールの判定だった。ぼくはけっこう同じ球を続けたりするのが好きなんですが、岡田が一発で同じサインを出してくれた。息が合ったな―と。あの試合は首を振らなかった。リズムで勝てたと思います」
―長持ちの秘けつはトレーニングと体のケアですか。
「加圧トレーニングというのをやってます。上腕と太ももに圧力をかけて運動すると、短期間で筋肉がつく。それを維持していくんです。食事はエネルギーとして取り入れないといけませんから。食べたいものと消化のいいものをしっかりと。全部女房がやってくれてます」
―13年間のノンプロ生活、ケガも多かったのでは。
「けっこうありまして。サンワード時代、肩とヒジを痛め、ヒジは手術しました。内視鏡で豆粒くらいの軟骨が取れました。手術後はできることからすぐトレーニングを開始しました」
―負けじ魂がありますね。
「小学校や中学の時は試合に負けると必ず泣いてましたね。そのころから投手だったので、同じチームと次にやるときは絶対負けない―という気持ちでやってました。その時の仲間はみんな同じ気持ちで、同級生によくしてもらったな、と思ってます」
―コーチとしての役割は。
「ぼくも選手だ、という気持ちもあって、あまり線引きをしたくないと思っている。自然と話をしながらコミュニケーションを取り、その中でピッチャー心理をぼくの知っている範囲の中で話して行きたいと思ってます」
―JRの練習場に「考球」という言葉が書いてあります。
「横浜そごうの新米時代に先輩から教わった言葉です。投手は球が速いだけとか、変化球が鋭いとかだけでは勝てない。与えられたことだけじゃなく工夫することが大切と」
―なるほど。
「例えば練習で100メートル10本という課題を与えるとします。ただ走るのではなく、ダッシュしたり反転してみたり、盗塁のつもりで走ってみたり、いろいろ考えながらやると効果がある」
―若い選手は進んで聞いてきますか?
「去年ぼくが来た時には、投手はそんなに聞いてこなかった。逆に聞いてきたのは岡田とか内野陣。でも今年に入ってから清野とか調整法を聞いてくるようになった」
―プロ、アマ垣根のない五輪予選を見ましたか?
「1試合にかけるスタイルの社会人と140試合の長丁場のプロとこれまであまり比較したことはなかったんですが、あの3試合は見ていて感動しました。あの1球に対する思い、プレーというのは改めて勉強になりましたね」
―来季も選手、コーチの二足のわらじです。
「日本選手権で清野とか若い投手が活躍した。コーチとしてはもう1人、2人チームに貢献できる投手が出てほしいという欲が出る。選手としては来季も目いっぱい投げます」
◆来年も若手らと競争して欲しい
来季も現役を続ける神田に対し、橋戸賞投手で日本野球連盟常任理事・柳俊之さんは「コーナーワークで勝負するタイプの投手だからまだまだ行ける」と太鼓判を押した。
「サンワード時代に渡部勝美監督(バルセロナ五輪銅メダル投手)が軸に育て上げた投手。来年も若い投手と競争してほしいね」ただ、コーチ業については教え魔にならないでほしいという。「若い選手はいいところを伸ばしてやるのが理想。自分の投球を見てもらえば十分若手の手本になる」と話した。
◆神田幸輝(かんだ・ゆきてる)1972年7月20日、神奈川県横浜市生まれ。35歳。小3から野球を始め、横浜中和田中時代は硬式野球シニアリーグの戸塚シニアに所属し投手。横浜商大高1年秋に関東大会ベスト4入りし89年センバツ甲子園のベンチ入り。91年、横浜商大へ進学。95年にノンプロ「横浜そごう」入社、その後、サンワード貿易を経てJR北海道へ。35歳。家族は夫人と2人暮らし。
12月11日付けスポーツ報知北海道版より
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