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2012年7月 8日 (日)

選手にメッセージ/給前信吾さん

 2003年夏の神奈川大会を制した横浜商大のエースで、昨年までプロ野球独立リーグ・北信越BCリーグで活躍した給前信吾さん(26)が、高校球児にメッセージを寄せた。格上が相手でも積み重ねた日々を信じ、「絶対に負けない」と念ずれば必ず道は開ける-。前評判を覆し、球史に残した右腕の言葉は今も熱かった。(神奈川新聞社・川村真幸)

 あの夏も、本命は横浜だった。
 現在プロで活躍中の成瀬(ロッテ)や涌井(西武)、荒波(横浜DeNA)、石川(同)を擁し、その年の選抜大会で準優勝。当然優勝候補の筆頭に挙げられていた。
 そのことが、171㌢と小柄なエースの気持ちを一層燃え上がらせた。
 「もともとの性格。強いものを見ると向かっていきたくなっちゃう」。商大を選んだのも、横浜を倒すためだった。
 給前さんは「格上と戦うとき、ほとんどのチームは試合前に気持ちで負けいる。力の差を相手に感じさせないほどの気持ち大事」という。
 それは、虚勢を張るのとは違う。「球に『打ってみろ』という気持ちを伝える」。一投一打に思いを込めるのだという。
 その球は不思議と球速が上がり、「甘いところにいってもなぜかファールになった」と給前さん。当時横浜の部長だった小倉清一郎コーチ(68)も印象に残っている。「狙い通りの球でも、気迫に押されて打てない。あんな投手は給前以降いない」と話す。
 「絶対に打たせない」「打ってやる」。気持ちの裏付けになったのが、日々の猛練習。それは最後の夏、目に見える形で結実した。
 春まで、失策で負けることが多かったが、7試合を戦った夏は1試合平均1個以下。打線は4割打者が並び、バントミスはゼロだった。
 「(エースで4番の)給前のワンマンチーム」。そう見られることが多かったが給前さんは「それは違う」と断言する。「特に守備。一人では絶対、格上には勝てなかった」と9年前の夏を振り返った。
 金沢哲男監督(54)の好采配、恵まれた組み合わせ、スタミナの消耗を抑えた冷夏…。思い当たる要因は他にもあるが、それはやはり、猛練習があってこそ生かされたと思う。
 「大事なのは過程。『もう大丈夫』と思えるまで練習することが大前提。あとはそれを信じ、強い気持ちでを持てるかどうか。試合が始まったら何も考えず、楽しくやってほしい」

きゅうぜん・しんご 横浜商大3年の夏、決勝で横浜を7-2で下して甲子園出場。東農大中退後、独立リーグ・北信越BCリーグの信濃グランセローズでエースとして活躍。昨年引退し、同年末から長野県宮田村の精密機械部品加工メーカー「マスダ」勤務。26歳。

2012年7月8日付け神奈川新聞25面より抜粋

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コメント

2013 BCリーグ公式戦も後わずか、俺の地元新潟の快進撃に満足して居る毎日だ。 でも俺は他チームにもファンの選手が居る。信濃なら杉山慎、竜太郎、そして、、、給前信吾、、、 だった。独立リーグは収入面など色々大変だしそれぞれの家庭事情もあるから、 もっと頑張れとは言えないけれど、でも俺は給前信吾が好きだったから、他チームに移籍してでもBCリーグでプレーして欲しかった。何も力の無い俺がブツブツ言ってもどうにもならないがもっと見たかったんだ。人生も青春もたった一度きり、後であの時こうして置けば、、、 ああして置けば、、、と後悔して欲しく無い。それがNPBに行く事よりも、もっと 大事な事だと俺は勝手に思って居るんだ。みんな色々事情があると思う。それが悲しい、給前信吾! 俺の知らない間に辞めちまって、選手名鑑見て名前と写真が無いのにきずいた時、俺は泣いたぞ!

投稿: あひるの兄妹! | 2013年9月 5日 (木) 10時30分

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