佐々木正雄

2019年11月27日 (水)

次期理事長に横浜商大・佐々木総監督 神奈川大学野球連盟

 「トップレベルに」改革へ意欲 神奈川大学野球連盟は26日、横浜市内で理事会を開き、2005年から理事長を務めていた工藤房雄氏(84)の後任として横浜商大・佐々木正雄総監督(71)が12月1日付で新理事長に就任することを決めた。 佐々木氏は横浜一商高(現・横浜商大高)のエースとして1966年夏の甲子園で8強入り。日大を経て山梨・日大明誠高で指導者のキャリアをスタートし、84年に横浜商大監督に就いて昨秋までの35年間で6度のリーグ優勝に導き、全日本大学選手権には4度出場。阪神・岩貞祐太投手らをプロへ排出した。

 同連盟では05年から副理事長を務め、08年から3年間は全日本大学野球連盟監督会会長を歴任するなど球界に幅広い人脈を築き、昨シーズンの監督退任後はプロ・アマ一体での野球の底辺拡大などに尽力している。

 神奈川リーグは桐蔭横浜大が明治神宮大会を制した12年秋以来、全国大会の頂点から遠ざかっているが、佐々木氏は「全国4強以上を狙える力を付けていくために、一歩一歩だが改革をしていきたい」と意欲を示した。

2019/11/27 神奈川新聞

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2019年1月20日 (日)

横浜商大・佐々木監督「感謝の集い」に原監督ら出席

 本年度で勇退する神奈川大学リーグ・横浜商大の佐々木正雄監督(70)の「感謝の集い」が20日、横浜市内で行われ、1200人以上の球界関係者らが出席した。

 巨人原監督はじめ、プロ野球監督経験者も8人出席。横浜(神奈川)の渡辺元智前監督(74)ら多くの高校、大学野球関係者も佐々木監督をねぎらった。35年間の監督生活を終える同監督は、野球指導者たちを前に「逃げず、責任転嫁せず、巣立っていく選手1人1人を素直な気持ちで送り出しましょう」と涙ながらに話した。助監督の井樋(いび)秀則氏(56)が、4月から監督に就任する。

○…横浜商大・佐々木監督の「感謝の集い」では、ソフトバンク王球団会長、巨人原監督らが祝辞を述べた。王球団会長は「監督は孤独。人に言えない悩みがたくさんある。心から敬意を表したい」と言い、原監督は「監督を辞める時に『おめでとう』と言う人はいない。しかし佐々木監督は35年にわたって多くの教え子を育て『おめでとう』という言葉になる」と話した。

2019/1/20 Nikkan Sports

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2018年10月 8日 (月)

“熱血”貫き35年 横浜商大・佐々木監督勇退

 スカイブルーのユニフォームで戦い抜いて35年-。神奈川大学野球リーグの名物指揮官、横浜商大の佐々木正雄監督(70)が“聖地”横浜スタジアムで最後の戦いを終え、勇退した。

 「俺の野球道は終わったんだな…」。神奈川工大との2回戦。負ければユニフォームを脱ぐことが決まっていた試合で、2点を追う9回2死1塁で最後の打者が打ち取られ、ゆっくりとベンチ前の整列に加わった。兄・輝夫さんや妻ヱミ子さんら集まった家族から花束を受け取り、ナインの胴上げで宙を舞った。

 横浜一商高(現・横浜商大高)ではエースとして1966年に初出場した甲子園で8強入り。日大時代に山梨・日大明誠高で指導者のキャリアをスタートした。

 84年に商大の監督に就任し、創部10年目の90年春に初優勝。それまで26年間、神奈川大と関東学院大がリーグの双璧を成した2強時代に割って入った。以後、通算6度の優勝。厳しくも手厚い熱血指導で阪神・岩貞祐太ら、多くの名選手を育ててきた。

 2008年には全日本大学野球連盟監督会会長に就任し、指導育成などアマ野球の底上げにに尽力。神奈川大学野球連盟・工藤房雄理事長(83)は「彼の人徳だね。長い間本当に一生懸命にやってくれた」と感謝する。

 「野球がなかったらだめな人生を送っていたし、素直に生きることを教えてもらったね。本当に幸せよね」と監督が言えば、ヱミ子さんも「高1の時に知り合ってから野球への思いはずっと変わらない。好きなことを続ける幸せよね」と語る。今後は第一線を退くが、商大総監督として「東京五輪もあるし、まだまだ日本国の野球は発展できるよ」と熱い気持ちを胸に野球道を歩み続ける。

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2018年6月20日 (水)

横浜商大35年率いた佐々木正雄監督が今年限り勇退

 大学野球界の雄として、神奈川大学リーグの横浜商大を35年間率いた佐々木正雄監督(69)が体調面を理由に今年限りで勇退することが19日、明らかになった。来年から助監督の井樋(いび)秀則氏(56)が監督になる。横浜市内で会見した佐々木監督は「選手のことを考え、来年から井樋を監督としてスタートをしたい。残りの期間、精いっぱいやりたい」と後進に道を譲る決意をした。

 佐々木監督は84年に横浜商大監督に就任した。当時2部だったチームを1部に昇格させ90年春にリーグ初制覇。以降春4回、秋2回のリーグ優勝を飾った。プロへは阪神山崎憲晴内野手(31)や岩貞祐太投手(26)、楽天西宮悠介投手(27)らに加え、今年も楽天へドラフト4位で渡辺佑樹投手(22)を輩出。全日本大学野球連盟監督会会長や大学日本代表のコーチなども歴任した。チームは今季10戦全敗。入れ替え戦で1部残留を決めたが最下位に沈んだ。佐々木監督は来年から総監督としてチームを支える。

 ◆佐々木正雄(ささき・まさお)1948年(昭23)9月17日、神奈川生まれ。横浜一商(現横浜商大高)3年夏に甲子園に出場しエースとして8強。日大3年時から日大明誠(山梨)野球部監督。84年に横浜商大監督就任。90年春の神奈川大学リーグで初制覇し、春4度、秋2度のリーグ優勝を飾った。

2018/6/20 Nikkan Sports

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2018年2月 6日 (火)

東芝野球部を存続/佐々木正雄

 神奈川の社会人野球は名実ともに全国最強を誇る。JX-ENEOS(横浜市)は日石時代から都市対抗野球大会で最多11度の優勝を誇り、2番目は東芝(川崎市)の7度だ。かつては日本鋼管(解散)いすゞ自動車(休部)日産自動車(休部)など都市対抗を制したチームがひしめいていた。社会情勢の変化や経営問題により数々の名門が姿を消す中、今まさに経営再建中の東芝は野球部を存続させた。企業が野球部持つ意義は、どこにあるのか。

(中略)

 経営再建中の東芝で野球部の存続が決まった。直接的には利益を生まない部を手放さない決め手は「福利厚生」にあるという。

(中略)

プロからも支援を

 企業やプロに選手を送り出す横浜商大野球部監督佐々木正雄氏(69)に、野球振興、プロ・アマの協力という観点から提言を聞いた。(聞き手・和城信行)

 -社会人野球のチーム数は減っている

 社会人野球の火を消してはいけない。ただ現実的には企業が利益を上げられなければ、野球をやめざるを得なくなる。

 -対策は

 野球界全体、裾野を考えれば、社会人野球は不可欠。アマチュアが衰退すればプロも衰退する。なぜプロ野球からの支援がないのかなと思う。プロ球団が基金を創設するなどして、審査などの透明性を確保して、野球チームを立ち上げようという企業を支援する仕組みを作れないものか。
 プロにはアマを育てる義務があるはず。利益が出ている球団はあるのだから、垣根を下げ、まずは社会人野球に還元したらいい。
 それが大学、高校に広がれば底辺拡大になる。

 -野球選手の受け皿としての社会人野球とは

 私自身、チーム強化の目標はもちろんであるが、選手が野球を通じて社会に役立てるよう成長させることが大事だと考えている。会社員として野球をやる社会人野球には、大学とも違う社会性や責任感が当然出てくる。野球選手が企業を支える人材になっていけばいい。

 -社会人チーム側にもできることはある

 子どもや、その親御さんに野球の素晴らしさを伝える活動を、ぜひお願いしたい。それが大学も高校も手伝うことができる。長男(社会人野球)がしっかりしてくれないと、次男、三男もね。
 異業、同業を問わずに企業チームが切磋琢磨していたころのように、多くのチームに復活してほしい。その手助けするのがプロの役目。

ささき・まさお 横浜一商高(現・横浜商大高)-日大。横浜商大監督として34年目。神奈川大学野球リーグで6度の優勝に輝き、岩貞(阪神)らを輩出。全日本大学野球連盟監督会会長も務めた。

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2018年1月21日 (日)

やっぱり甲子園は特別/佐々木正雄

 5万人の大観衆の熱気を帯びた1966年夏の甲子園。初出場で松山商(愛媛)との準々決勝に進んだ横浜一商(現・横浜商大)のエース佐々木正雄(69)は、敗戦の瞬間をベンチで迎えた。逆転勝利を信じた最終回。2-4の9回2死2塁、主将・6番井上泰司のバットが空を切ると、ひと筋の涙が頬を伝わった。

 佐々木 自分に対して「お前よく頑張ったよ」って思った瞬間、涙が流れたね。2回にドラフト1位で広島に進んだ西本和明に弾丸ライナーの本塁打を打たれて、打球を目で追ったんだよ、追い込んで得意のドロップで三振に打ち取ろうと思ったけれど痛快に打たれちゃってさ。
 やっぱり甲子園は特別だったよね。あのころできたばかりの新幹線に乗ると大阪に着くのが早すぎて気持ちが追い付かない開会式の入場では両足がしびれたね。何もない所から、急に未来に来てしまったような戸惑い。強豪校ばかり整列しててさ。

 気迫を前面に直球とドロップで準々決勝までの4試合で33イニング無失点。準決勝では守備の乱れから2失点したが、3連覇を目指す武相を決勝で完封した。

 佐々木 一商の校長で後に商大の監督を俺に託してくれた故・松本武雄先生からは開幕前、「安んじて事を託される人となれ」と言われたんだ。だから「俺がこけたら、みんなこけちゃう」という気持ちだったね。
決勝では「打てるもんなら打ってみい」ってね。マウンドに向かうときも冷静。「かっかしたら駄目だぞ」って自分に言い聞かせて向かったよ。とにかく勝つために腕を振って、気付いたら武相を倒して「勝っちゃった。優勝しちゃったのか」と身震いするような感じ。涙がぶわぁtあふれてね。

 そんな豪腕はエリート街道から遠い道を歩んだ。中学には野球部がなかった。

 佐々木 だから自己流よ。法政二の柴田に憧れてピッチャーなりたいなって。でも二高は学費が高くてさ。武相、横浜も強かったけれど絶対に行くもんかって「一商に入って強豪を倒すんだ」って下克上の気持ちだったね。だけど野球部入ると何もかも分からないんだ。グラブをまたいだりすると「道具を大切にできないやつは野球をやるな」って先輩からぶっとばされて。全部自己流でやってきたからさ。初めて扱う硬式球も怖くてね。

 2年になると夢見ていた投手へと転向。秋からは背番号1をつけた。

 佐々木 投手になってからは毎日ボールを握りながら寝たよ。朝起きると、不思議としっかり握っているんだ。試合前日になると誰もいない平和球場に行き、頼み込んで中へ入れてもらった。やっぱり風情があったね。レフトにかまぼこ兵舎があり、市電の線路を挟み市庁舎が見える。歴史的な場所。だから「ここで投げ勝たないといけないんだな」って思いふけながら自分の投球をイメージしたんんだ。俺ってロマンチストなんだよなぁ。
 一商時代は捕手のヨネ(米山賢一)に支えられたよ。劣勢になると「こんなんでお前帰れるの。けんかばかり勝って野球では勝つ気ないの」って言われてさ。大蔵明監督の存在が大きくて、勇気を与えてくれたね。緻密で理論的な野球を学ばせてくれたよ。短いながら凝縮した質の高い練習。守備を徹底し、最少失点で勝つ。責任を果たそうと思ったね。

 日大時代に日大明誠(山梨)の学生監督として指導者のキャリアをスタート。この半世紀、野球と真摯に向き合ってきた。

 佐々木 もし野球がなかったらおかしな人間になっていたかもって県野球協議会の藤木幸夫会長に言われてさ。けんかばかりの悪ガキだった自分に今があるのは、組織での行動や人間関係を野球で学べたから。
 今、いろんなチームを見て思うのは私学、公立が一緒に切磋琢磨できる環境が必要だよね。強豪になってうまい選手が集まるのではなくて、入学制度から見直してもっと競争を促せるとレベルも上がるはず。戦術や技術の知識の共有も広げられるよね。神奈川全体のレベルを引き上げるにはそれくらいの改革が必要だよ。
 神奈川では、家庭、学校、地域と三位一体で球児を応援してくれる。こんなにも球児に期待してくれる地域なかなかない。マウンドや打席立ったときに必ず熱い声援が背中を押してくれるんだよ。必死に野球に打ち込んで欲しいよね。

星野さんの遺志継いで

 佐々木さんは、4日に急逝したプロ野球楽天の球団副会長・星野仙一さんと、神戸・芦屋の自宅に招かれるなど深い付き合いを続けてきた。「燃える男」と語り合い、思い描いてきたのは、野球人気を復興するためのプロ・アマ新時代だ。
 佐々木さんは昨年11月に開かれた星野さんの「野球殿堂入りを祝う会で、幹事役として尽力した。新年には県野球協議会の藤木幸夫会長主催で横浜で新年会を開く予定あった。それだけに、突然の訃報に「なんで?なんでなの」と悔しがる。
 星野さんや藤木会長と温めてきた野球復興プランは①ちびっ子たちの底辺拡大②社会人・大学・高校野球のアマ3団体の一本化-が2本柱。「星野さんは『プロに特権意識があってはいけない。自分たちも通ってきたアマの道にもっと思いを』おっしゃっていた。アマを一本化することで、自分たちもプロ側に問い掛けていくことが出来るようになる」と佐々木さん。まずは全国の社会人、大学、高校の監督を中心にした「小委員会」の設立を目指す。
 大きな後ろ盾だった星野さんが亡くなり、佐々木さんは「正直なところゴールは見えない」と本音を漏らす。しかし「それでも、やらなきゃいけないという気持ちが出てきている」。
 垣根を越えた新たなプロ・アマ時代を目指し、野球界の仲間に声をかけ続けるつもりだ。
 星野さんの遺志を継いで-。

ささき・まさお 横浜一商(横浜商大)-日大-日大明誠監督(山梨)-横浜商大監督。疎開先の群馬県邑楽郡で生まれ、横浜市で育つ。神奈川大学野球リーグの横浜商大で監督を務め、今年で34年目。6度のリーグ優勝に導き、岩貞祐太投手(阪神)らを輩出。2008年から4年間、全日本大学野球連盟監督会会長を歴任するなど、プロ・アマを問わず幅広い人脈を持ち球界全体の発展に尽力する。69歳。

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2016年7月10日 (日)

横浜商大・佐々木監督が開幕試合で始球式/神奈川

 横浜商大・佐々木正雄監督(67)が開幕試合の始球式を務めた。

 50年前の第48回大会で、横浜第一商(現・横浜商大高)のエースとして甲子園8強まで勝ち進んだ。胸に「ISSHO」、左肩に「一商」と書かれた当時のデザインのユニホームでマウンドに登場すると、帽子を取って一礼。ノーバウンドで左打者の内角高めに投げ込んだ。

 練習し始めた当初は、ホームまで球が届かなかったという。「母校のユニホームを着るとは考えたこともなかった。同世代の選手の代表で出させてもらっている。みんなに背中を押してもらって(ノーバウンドで)届いたような部分がある。神奈川で野球をやっててよかった」と笑顔の後、目に涙を浮かべた。

 佐々木監督は指導者として阪神岩貞や楽天西宮らをプロに輩出。全日本野球協会強化委員などを務め、アマ球界の発展に尽力してきた。

2016/7/10 Nikkan Sports

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2016年6月 2日 (木)

高校野球神奈川大会、始球式に横浜商大・佐々木監督

 神奈川県高野連が2日、第98回全国高校野球選手権神奈川大会(7月10日開幕、保土ケ谷球場ほか)の始球式を横浜商大・佐々木正雄監督(67)が行うと発表した。

 佐々木監督は50年前の第48回大会で、横浜第一商(現・横浜商大高)のエースとして登板。甲子園では8強に進出した。

2016/6/2 Nikkan Sports

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2015年7月 9日 (木)

「一語一会」Vol.66 <横浜商科大学 硬式野球部監督 佐々木正雄氏 インタビュー> 後半公開!

経済webマガジン・トレードトレードで連載中の「小松成美の『一語一会』 頂点を極めたリーダーの言葉」vol.66(後半)が公開されました。

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2015年7月 3日 (金)

「一語一会」Vol.65 <横浜商科大学 硬式野球部監督 佐々木正雄氏 インタビュー> 前半公開!

経済webマガジン・トレードトレードで連載中の「小松成美の『一語一会』 頂点を極めたリーダーの言葉」vol.65(前半)が公開されました。

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